第1章

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「ビデオ?」  予想外の展開に、俺は話に引き込まれる。 「なるほど、水面に歪んだ顔が映っていたとか」 「違う違う」と、またしても俺の予想は否定された。「……そうか、普通はそう思うもんなのか」 「何だよ、もったいつけるなよ」  Aは、急に黙った。  俺の顔を見て、何故か硬直したのだ。 「……? おい」 「こういう感じだよ」 「は?」  さっきから、意味深な感じで何だと、俺はいぶかしむが。 「こういう感じで、あの女はずっとオレのことを凝視してたんだ」  005 「凝視って……」  盗撮ものでそれって。 「お前、ようするにカメラが見つかったってことじゃ」 「違うよ。あの女は、凝視しても何も言わないんだ。ただ、黙って見続けるだけ。……カメラがあるって訴えたりはしない。ただ、こちらをずっと見続けてるだけなんだよ」 「何だよそれ……気味悪いな」  いや、カメラを持った人物に怒るって、よく考えるとそれは相当な勇気がいるもんか。それにしたって、じゃあ何で、ずっと凝視していたんだろ。 「そういう問題じゃないよ」 「は?」  Aは、ビールを飲みながら苦々しげにいった。もちろんだが、ビールが苦いからとか、そういうことではない。 「その女、どのビデオにも映っていたんだ」 「どのビデオにも? ……え、たまたま?」 「風呂場、風呂場の脱衣所、海水浴場の脱衣場、プールの脱衣場、女子トイレ、それら全部にたまたま?」  Aは、俺を嘲笑するように表情を作ってみせる。  いや、違う。奴の手は震えていた。ビールを入れたコップが、奴の手の中で、ガクガクっと揺れていたのだ。 「……モノホンのだけじゃない。中にはよ。やらせで撮ったのもある。そこに、偶然入るなんてありえない。それは、全部プロの女優だけなんだから」 「い、いや。もしかしたら、プロの女優がさ。たまたま、モノホンのに映ってただけかも」 「全部に?」  ぐっ、と。Aは言ってのける。俺は、それで言葉を失ってしまう。 「しかも、中には何十年前のもあるんだ。それにも出てた。今のにも出てた。それら全部に偶然か? どれもこれも同じ姿で、全くな変わらずに映って、全部こちらを凝視してるんだ。画面の隅に、画面を通り過ぎるときもあれば、画面の中央を占拠することも。これが、正常だと?」 「………」  俺は、何も言い返せなかった。
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