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初めて通されたVIPルームは白を基調としたとても清潔感ある部屋でした。
案内され椅子に座ると目の前には全身が映る大きな鏡がありました。そしてそこには冴えない自分の姿が…
つい目を反らしたくて大きな全面窓の方へ顔を向けると、そこには小さな中庭がありました。
綺麗に整えられた芝生の隅にほんの少し草花が無造作に咲いているのが目に止まりました。
きっとどこからか風に乗り種が飛んできてそこで偶然にも花を咲かせているのでしょう。
けれど、小さくとも花を咲かせている草花よりも綺麗に整えられた芝生の方がここでは主役でした。
ーーー皮肉だな
「お待たせしました。」
不意に聞こえた声に一瞬で体に力が入るのが自分でも分かりました。
私の髪をいつも切ってくれる美容師がいつの間にか来ていました。
「今日も揃える感じで大丈夫ですか?」
一度も染めたことのない真っ黒な私の黒髪を指先に掬い取りいつもと同じように聞く美容師。
いつもなら「お願いします。」と言うところ…
「いえ、ーーーーー」
いつもと全く違う私の要望に特に驚いた様子も見せずその手はすぐに動かされていきました。
髪を切ってもらっている間、特に会話はありません。
それは私が初めてこの美容室を訪れた際にアンケート欄に記入したからです。
髪をカットしている間、話しかけられるのが苦手だと顧客アンケートの希望欄に書きました。
静かな静かなVIPルームに髪を切るハサミの音だけが響いていて髪が床に落ちる度、彼への思いも消えてなくなりますように…
そんな事を思いながら私はずっと目を閉じていました。
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