232人が本棚に入れています
本棚に追加
「終わりましたよ。」
その声に恐る恐る目を開けます。
鏡に映る私は人生初のベリーショートに。
そして生まれて初めて変えた髪の色は明るめのハニーブラウン。
目の前の自分の姿に鏡を直視できず思わず俯くと、
「ずいぶん切りましたもんね。」
といつもの美容師。
「似合わないですよねぇ…」
見慣れない姿にいたたまれなくてそう呟いた途端、目の前の自分が益々滑稽に思えました。
きっと、似合ってなかろうが相手は客商売。
私の言葉に対して「お似合いですよ。」と言うに違いないのに…
自分のバカさ加減に呆れました。
ーーー早くこの場から立ち去ろう
髪を切り色を変えたところで【ココロ】はそう簡単には変わりません。
寧ろ、髪を切る前より卑屈で頑なになったようにさえ思います。
そんな自分への惨めさに目が潤みそうになるのを唇を噛み俯いたままでいると、
「すげぇ 、似合ってるよ。」
美容師の落ち着いた低めの声がとても近くに響きました。
「っ…」
不意に背後から耳元で囁かれ思わずビクッと顔を上げた私に、
「特にここ。キスしたくなる様な綺麗なうなじしてる。」
美容師はこれまでほとんど陽に当たることがなかった私のうなじを指でスッとひと撫ですると、鏡越しにいつもとは全く違う色香を漂わせ、いたずらっぽく笑いました。
客商売なのだからお世辞なんだと頭では理解しています。
けれど心の深い部分にまだ僅かに残っていた変わりたいという強い思いが私を未知の世界へと突き動かします。
少しの沈黙の後、意を決して私は言いました。
「じゃあ…、キス、してみる?」
と私も鏡越しに美容師と視線を絡ませると、余裕ぶった風に微笑みかえしました。
私がこれまでの自分と決別した瞬間でした。
最初のコメントを投稿しよう!