灯りをつけましょぼんぼりに

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 信じない人もいるかもしれないが、人は一歳になったばかりの記憶を持っている者もいる。思い違いだ、という人もいるかもしれない。けれど、伊藤タケルは一歳の頃、父親の背中に背負われて、近所の火事を見に行ったことを覚えている。そしてもうひとつ、これはタケルが三歳の頃のことだが、昼寝をしていたとき、逆さまの顔が窓の上の方から部屋を覗き込んでいるのを見た、という記憶を持っていた。  タケルはフローリングに敷かれた布団の上で、母親に添い寝をされながら昼寝をしていた。布団は二組敷かれて、横の布団には母親が寝ていた。家事の疲れからか、母親がぐっすり寝てしまっているのが分かった。タケルは寝ていることに飽きて起きようかと目をしっかり開けたときに、小さな庭に出られるベランダの窓の上の方で、人の顔が覗いているのが見えた。それは逆さまだった。タケルは見てはいけないモノを見たという本能が働き、目を閉じてしまった。一度目を閉じたので、恐怖からもう開けることはできない。金縛りではないが、恐怖で身体を動かすこともできなかった。身動きすれば、あの顔に気づかれると思ったタケルは、怯えて息を殺しながら母が起きるのを待った。そして今見た顔について考えた。あれは、どこかで見たことがある顔だ。白い顔に筆で描いたような細い目と口、そして昔話に出てくる殿様がかぶるような細長い帽子を被っている。  タケルの身体が冷や汗に濡れて寒気を感じた頃、隣で母が起き上がる気配がした。助かったと目を開けて、身体を起こそうとしたタケルの顔を、白い顔が覗き込んでいた。 「わぁっ!」  タケルは驚きの声を上げて、気絶した。
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