灯りをつけましょぼんぼりに

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引越しの当日、母や二人の姉は物を運び出したり、近所へ挨拶に行ったりと家を出たり入ったりしていた。あらかた物が運び出されると、タケルは家で待つように言われ、家具が無くなりガランとなった家の中で、隣のじゅんの部屋のある壁に耳を付けてみた。最後に会いたかったが、それは無理だと諦めていた。壁の向こうからは何も聞こえてこず、耳を離そうとしてタケルの身体は固まった。タケルは顔の側面を壁に押しつけていたが、視線はベランダに伸びていた。そのベランダから、じゅんが片目だけ出してこちらを覗いていたのだ。  口元は隠れているので笑っているのか怒っているのか分からない。でもじゅんの目だと分かった。瞬きもせず、じっとこちらを見ている。その目が上下に動き、見開かれたかと思うと、壁に付けていた耳元で「どこ行くの?」という声がした。 「わあああ!」  タケルは声を上げて壁から耳を離し、ベランダを見ると、目は消えていた。  アパートの前の道路まで飛び出したタケルは、母たちが帰ってきても二度と家に入ろうとはせず、新しい住居に早く行こうと母を急かした。
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