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「こんにちはあ、」
1年前となんら変わりのない店構え。
店内に入ると、以前よりか雑然としている気がした。
本を床に平積みに重ねて置くなんてしていなかったのに。
客は当然のように誰もいなくて、ゆごうさんの姿も見えない。
「ゆごうさーん!こんにちは!
花島です!
お久しぶりです!赤ちゃん連れてきましたあ!」
大きめな声で店の奥に呼び掛ける。
「……はい」
2度目で、やっと野太い声が返ってきた。
もちろん、ゆごうさんじゃない。
ぬうっと姿を現したのは、鼻の下にヒゲを生やしたポロシャツ姿の禿頭の中年男性だった。
「何か御用?」
無愛想に訊かれた。こんな風になるなんて思わないから、ドキドキしてしまった。もちろん悪い意味で。
「あの、店員さんでお若い男の方いらっしゃいましたよね?あの方は今日お休みなのでしょうか?」
「…え?」
おじさんがたるんだ瞼の目を見開いた。
「昔、私が愛読していた本をこの子に読んであげたくて探していたんです。でも自力では難しくって。ゆごうさんに探してもらって、出産前に手に入れる事が出来ました。本当に感謝してます。毎晩、この子に読んであげてるんですよ」
私は伸ばしていたベビーカーのひさしを少し畳んだ。
午後を過ぎ、昼ごはんを食べてお腹一杯の莉里は、あいにく小さな寝息を立てていた。
「花島なずな、さんですね……」
なぜかおじさんは、私のフルネームを言い当てた。
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