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「ふ、冬室くん」
彼の左側から声をかけると、すぐに振り向いた。
スマホをかばんにしまい、私に笑いかける。
「……笠原さん」
「あ、あの、課題……あ、英語の課題、が出てない……みたいなんだけど」
「うん、ごめん」
口では謝りながらも、全く悪いとは思ってなさそうな顔で冬室くんはうなずく。
すぐに机からノートを取り出した。
(……ん?)
この素早い反応…。
もしかして、課題を出してないこと気付いてたのだろうか。
まさかまさか、わざとなんてことは……。
「……ごめん。実はわざと出さなかったんだ」
ーーーわざとかい!
思わず心で突っ込む。
「……ど、どうして……?」
冬室くんは、どちらかと言えばおとなしいタイプで、いたずらや嫌がらせをする人じゃない。
でもいたずらじゃないとしたら、なぜこんなことをしたんだろう。
「うん、実は……」
椅子に座った冬室くんが、見上げるように私を見つめる。
光を失った右目も、真っ直ぐに私の方を向いている。
どこまでも黒い目に見られると、少しどぎまぎしてしまう。
「……冬室くん?」
「実は……笠原さんと、2人になりたかったんだ」
「えっ?」
はっとして見回すと、クラスメイトはみんな教室から出ていったあとだった。
いつの間にか帰ってしまったようだ。
冬室くんは私にノートを差し出し、笑みを深くする。
「ごめんね。でも、こうすれば2人きりになれるかと思って」
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