ある、コメント

7/10
前へ
/96ページ
次へ
冬室くんは帰りに図書の貸し出し手続きをしていた。 私の向かいに座っていたときから持っていた本。 「……何を借りたの?」 教室へと戻りながらそう聞くと、表紙を向けて本を渡してくれた。 ーーー作者は、野田秀樹。 「……戯曲集だよ」 冬室くんは短く説明した。 「……戯曲」 つまり、演劇の台本ということか。 自慢じゃないが、演劇はほとんど観たことがない。 だから野田秀樹という名前も、聞いたことがあるかも……くらいのものだった。 「冬室くんは、演劇好きなの?」 彼の左側を歩き、その左耳に向かって話しかける。 冬室くんは『うーん……』と考え込むように首をかしげた。 もしかしたら聞こえにくかったかなと心配したが、そうではないようだ。 「演劇が好き……というより……」 と曖昧な言葉をつぶやいたので、純粋に回答に悩んでいたらしい。 「………正直、劇はほとんど見たことないんだ」 「ふーん」 「でも、野田秀樹は好きだよ」 「面白いの?」 「うん。すごく」 『それに……』と、冬室くんは付け加える。 「なんか、目を開かされたような気持ちになる」
/96ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加