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こんなにボロボロになったのはいつぶりだろうか。
サタンにちょっかいを出したあの時か、夜叉に負けたあの時か。どちらも遠い昔の話な気がしてならない。
「耐えるか」
痛手こそ負ったものの、フェンリルの奥の手は乗り切った。
「惚れ直したか?」
俺は〝創造主〟で構築した“神威”を解除する。
もはや、勝敗は決した。
それは、俺とフェンリルの間にある暗黙の了解だった。
「もう一度聞く。どちらを選ぶ? 俺と来るか、ここで死ぬか」
念を押すように言う。
「ただ一つ言えるとすれば、前者を選べば退屈させないってことだ」
長い沈黙が続いた。
俺は切り落とされた腕を拾いにゆっくりと歩き出す。アドレナリンが引いてきたのか、今になって痛みが鮮明になる。
「そうまでしてこの儂を従えたい理由は何だ?」
「俺は存分にこの世界を楽しみたい。その為には、どんな奴も黙らせる強さが必要だ」
すでに冷たくなってしまった腕を拾い上げる。
これだけ綺麗に切断してくれたのなら、治癒のスペルで充分に元に戻るはずだ。
「俺の剣になれ。俺とお前なら、“三王”の足元を揺らがせることはくらいはできるはずだ」
フェンリルは鼻で笑う。
「その“三王”とやらは、貴様よりも強いのか?」
「ああ。紙一重だがな」
「その紙一重の差を、この儂で埋めようと……?」
「要はそういうことだ。不服か?」
フェンリルが笑った。
今度は大声で、周りの視線を気にする素振りもなく。
もうこんな薄暗い穴の中でひっそりしている理由はない。
楽園を地上に創る。
それだけの自信が今の俺にはあった。
「面白い、気に入ったぞ」
フェンリルは笑うだけ笑うと、僅かにその笑いを残したまま言った。
「貴様の使い魔になろう。儂もその“三王”とやらを見てみたい」
「契約成立だな」
思わず笑みが溢れる。
あとは契約という事務手続きみたいなものだけだ。
フェンリルと契約が成立すれば、ダンジョンはクリアした扱いとなり、崩壊に向かう。他の連中からはいくらか非難がありそうだが、そんなことを気にしているようじゃ、上には登れない。
誰にも文句は言わせやしない。
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