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胸元を這う、痛みとも取れないその“熱さ”に視線を落とす。
俺の心臓から血に染まる黒い刃が突き出していた。
「え、は……はっ?」
本題を終えて、気が緩んでいたのは確かだ。
だが、そうじゃない。
それでも、俺なら気がつくはずだ。
コイツは今、この瞬間に突然現れた。
俺の……影の中から。
理解が追いつかない。
だが、それでも確かに分かるのは、どう考えても、この胸を貫く刃が致命傷だってことだ。
背後に何かいるのは分かる。
だが、それを確かめるだけの時間すら、俺には残されていない。
血の流れが腹の下のほうから込み上げて来る。
「ごふ……っ」
自分でも吐いたことのない量の血反吐。
意識が、視界が、朦朧としてくる。
終わりが近づいてくる。
「や、ら……」
思うように声が出ない。
それでも、“神威”の操作だけは上手くいった。
囚われていたフェンリルが解放される。
フェンリルは憂いと怒りを含んだ複雑な眼差しで、俺を見ていた。
「ご、ふ……」
あんな大層なことを言った傍からこれじゃあ、格好がつかないよな……。
だが、後始末だけはやらせてもらう。
“神威”が形を作り変えていく。
どうやら、俺はそれを見届けることもできなそうだ。
この型は唯一の自立型。
どのタイミングで“神威”が機能を停止するかは分からないが、願わくば、背後でほくそ笑むこのクソ野郎を蹴散らしてほしいところだ。
全身の力が抜け、勝手に体が崩れ落ちる。
こんなところで、こんな形で終わるとは思いもしなかった。暇潰しで楽園なんかを作ろうとしたから、バチが当たったのかもしれない。
いいところだったのにな……。
物事の大抵のことは、いいところで終わるようにできているみたいだ。ドラマにしろ、ゲームにしろ。
今、決定的に違うのは、もうこの続きは見られないってこと。
まあいいさ。
こうなっちまったものは仕方ない。
続きは他の奴らが見てくれる。
俺の代わりに。
思考がゆったりと、闇の中に溶けていく。
そして、俺は夢を見る。
ユートピアの連中と笑いあって、ただ酒を飲み交わすだけの他愛もない日常を。
もう訪れることのない、そんな平穏を。
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