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柳 秋人 /
全てがスローモーションに見えた。
同時に、脳味噌の回転もスローモーションになってしまっているようだった。
何が起こっているのか。
あまりにも唐突で、あまりにも想定外の出来事を目の前にしたとき、人はこうまで無力なのか。
「リーダー……」
ネイキッドの胸を貫く黒い刃。
彼の背後に突然現れたその黒い影は、淡々とその所作をこなした。つまりは、彼に致命的な一撃を与えるというほんの数秒の所作を。
「嘘、だろ」
猪熊がこの世の終わりでも目にしたような声で言い、がくりと膝を地面に落とした。
絶望的な表情が並ぶ。
どいつもこいつも、酷い面だ。
俺も含めて。
「笑えねぇ冗談はよせよ……」
こんなところで死ぬようなタマじゃねぇだろう。
“三傑”っていう奴は、こんな穴蔵で終わるような人間じゃないだろうが……。
あの黒いのは何なんだよ。
あの魔物の能力か?
いや、違う。あれは全く別の個体だ。
一つのダンジョンに魔物が二体。
あり得ないことではない。
だが、現実的ではない。
魔物が誕生すること自体が、そもそもレアなケースだっていうのに、それが二体なんてことは、特殊なケース過ぎる。
いや、そもそもだ。
そんなポッと出の魔物にネイキッドが殺られること自体があり得ない。
きっと何かの作戦の一部なんだ。
あれは幻で、彼は死んだふりでもするつもりなんだろう。
「いやぁぁあぁ!!」
俺を現実に引き戻したのは、カナの悲鳴。
嫌な音がした。
肉が潰れるような音が。
「設楽……?」
楠木の操る巨大な人形の手の下に広がる赤い血の海。
人形が押さえつけていたのは、設楽。
「おい、楠木……それはどういう意味だよ」
設楽の身体が楠木の人形によって、押し潰されている。
楠木はにっこりと笑う。
うっかり力の加減を間違えてしまったよ、そんなつまらない冗談でも飛び出しそうな笑みだったが、その目は笑っていなかった。
「答えろよ、楠木ィィィ!!!」
いや、答えなんて必要ない。
この男は、明確な意図を持って、このタイミングで設楽を殺した。
ーー特異点、〝冥王〟!!!
裏切り者は、こいつだったんだ。
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