第二十二章 遠い雷鳴 二

2/28

188人が本棚に入れています
本棚に追加
/604ページ
 玄関では、孝弘と楽斗が、ガラス超しに対峙していた。 「楽斗さん、俺は宍戸を渡しません」  孝弘にしては、きつい口調であった。  孝弘は常に穏やかで、何事にも笑っているような節があった。 しかし、今は真剣な表情になっている。 「俺は、宍戸に出会うまで、死んだように生きてきた。 田舎の農家の長男で、何事も穏便に、穏やかに、怒る事に泣く事も許されずに、 ただ、生きろと言われていた」  孝弘の、静かな叫びであった。 過去から百年も続き、これから百年も続くような人間関係の中で、 ただ問題なく生きろと言われてきたと、孝弘は呟いていた。 「……宍戸に出会って、生きたいと思った。宍戸と!一緒に生きてゆきたいと、願った……」  それは、有希に言わなければならない台詞のような気もするが、 孝弘の言葉に、楽斗の影が少し揺れていた。 それに、殺意が消えてゆく気がした。
/604ページ

最初のコメントを投稿しよう!

188人が本棚に入れています
本棚に追加