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一週間後、夏休みに入った。
都会の喧騒より蝉の鳴き声の方がよく聞こえた。使い込まれた本棚に並ぶ本の香りに安心する。
ここにいると、普段気にしない周りのことが、すんなりと僕の中に入ってきた。
僕は、ここーー【ななし書堂】の常連になっていた。
彼女の祖父が創業者なのだが、相当偏屈なひとで当初から看板を出さず、常連に『ななし』と呼ばれたのが最初らしい。そのまま【ななし書堂】にするあたりも、変わっている。
看板がないことに僕が気づいたのは、しばらく経ってのこと。
本棚で本を選ぶフリをして、彼女をちらちらと見ていた時だ。丁度、今時珍しい黒電話が鳴った。
『はい、ななし書堂でございます』
少女のような声が、受話器の向こうにいる相手に応えた。
あまりに不思議な店名だったから、受話器を置いた彼女に思わずその由来を訊いたのだ。
はじめは『つまらない話ですから……』と濁していた彼女だったが、僕が『つまらないかは、聞いてから決める、っていうセリフをどっかで聞いたことない?」と言うと渋々話してくれた。
正直、彼女の話し方はほぼ淡々としていて、面白いといよりはきちんと説明をされている感覚だった。自分のことを話すのは苦手のようだ。でも、お店のことや本のことを話し出す時、ふっと和らぐ彼女の表情が、僕は好きだった。
ただここに通えば通うほど、僕の疑問は膨らんでいった。
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