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「名梨歩(ななしあゆみ)」
少女のような澄んだ声で、歩は答えた。
「歩、さん」
僕は、ゆっくりと彼女の名前を紡いだ。
でも、すぐに「ん?」と声を上げる。
「えっ? ななしって、苗字だったの?」
「ええ、そうですけど、……店名にもなっているので、ご存知かと」
「知らないよ! ずっと看板がないから『ななし書堂』なのかと思ってたよ!」
「そうだったのですね。氏名を伝えて良かった」
歩の苦笑に、僕も失笑した。
と、今度は歩が僕に近づいた。
長い黒髪が頸辺りで緩く束ねられて、彼女が動きに合わせて静かに揺れる。この店の空気すべてが、彼女のためにあるような気さえした。
「私も知りません」
「へ?」
「あなたのお名前です。教えてください」
僕はまた、肝心なことを忘れていたと気づいたのだった。
そして、自分の気持ちにも。
「僕は」
僕は、彼女ーー名梨歩の側にいたいと思った。
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