蛍の飛ぶ夜

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しかし振り向いたそいつと目が合った瞬間、私の中にあったなけなしの勇気は微塵も残さず消し飛んだ。 「キャ――――――――――!!!!!」 悲鳴というより絶叫が口から迸る。 そいつが一言も口をきかなかった理由が、やっとわかった。 光の中に浮かび上がった白い顔。 喋らないのも当たり前だ、それには口がなかったのだ。 「どうした?!」 少し離れたところから焦ったような彼の声が聞こえ、同時に懐中電灯の光が揺れながら一気に近づいてくる。 それは尚も私の手を引っ張ってどこかへ連れて行こうとする。 「嫌―――! 離して―――!」 息せき切って走ってきた彼が私の腕を取った瞬間、湿った手の感覚がふっと消えた。 「大丈夫か?! どうした、誰かに何かされたのか?! 何があった?!」 矢継ぎ早に問いかける彼に答える余裕もない私は、とにかく一刻も早くこの場を離れたいと泣きながら訴えた。 狼狽える彼に肩を抱きかかえられ、もつれる足をどうにか動かして私は車までたどり着いた。 ドアを開けて車内の照明が付くと少しはホッとしたけれど、窓の外にさっき見た顔が今にも迫ってきそうな気がして、彼を急かし私たちはすぐに蛍の里を後にした。
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