蛍の飛ぶ夜

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そう思った瞬間、身が竦んで私は一歩も動けなくなった。 ついさっきまで彼だと思っていたその人が、得体の知れない全くの別人だと、どうしてわからなかったのだろう。 恐怖に駆られて咄嗟に手を振りほどこうとしたが、その人影は放すどころか逆にぎゅっと力を込めてきた。 掌は、やっぱりかなり湿っぽかった。 照れ屋の彼が緊張で汗を掻いているんだろうなんて呑気に思っていたけれど、よく考えたらこれはそんなレベルじゃない。 しっとりしているというより、濡れている。 まるでたった今、川から上がって来たかのように。 「だ、誰?」 勇気を振り絞り、私は人影に向かって問いかける。 けれど何も答えない。 影は腕に力をこめ、無言で私を引っ張ってどこかに連れて行こうとする。 「やめて、離して!」 私は震える手でどうにかスマートフォンのライトをオンにして、影の顔の前にかざした。 どうか、本物の彼でありますように。 彼の子供じみたイタズラでありますように。 一縷の望みをライトに託し、そんな祈るような気持ちで。
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