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「で、ですけど、伊藤くん――放火というのは、飛躍しすぎでは?」
応えず、伊藤くんははっとした表情で振り向いた。先ほどの位置に人影がない。
「早く帰ろう」
どちらからともなく急いで片づけを済ませる。荷物を自転車に積んだところで聞く。
「伊藤くん、自転車は?」
「あっち」
花火をしたグランドとはだいぶ遠いところを指差す。私は当然そこまで一緒に行こうとしたのだが、伊藤くんはなぜか「先に帰っていいよ」と繰り返した。
「そんなわけにいきません。心配です」
「別にいいのに……」
不審者を目撃した後で、女性を一人にできるはずがない。
空はまだ藍色で、真っ暗というわけではない。しかし広い公園には、駐車場の道路沿いにぽつんぽつんと街灯があるだけだった。
「明日から何かご予定は?」
気分を変えようと、話を振る。
「ううん、家にいるだけ。それか……ここに来てるかも」
「ここで? 何を?」
虫獲りにはまだ季節が早い気がするが。
「別に何もしないよ。行くところがないから……」
私はちょっと黙った。確かに近場で遊べるようなところもないが……。
「おうちでビデオでも観られるとか」
「今、休みで父さんがいるから……」
「……お父さんがいられると、家にいづらいんですか?」
伊藤くんは黙って首を縦に振った。中学生女子と父親……。よくある一時的な不仲かもしれないし、それ以上の理由があるのかもしれない。私は高木くんや自分の父親のことを思い出して、問いかけたことを軽く後悔した。
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