安藤と伊藤

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最初の時間、やはり出席番号順で並ばされたため、私と伊藤くんは同じテーブルの隣の席だった。そしてそのペアで相手の顔の鉛筆デッサンをするよう指示された。 私は初めてきちんと伊藤くんの顔を見た。――顔の上半分が前髪で覆われていて、よくわからない。背が高く線の細い体形と合わせると、まるで幽霊のようだ。 伊藤くんはその外見のイメージにふさわしく寡黙で、話すときは低く小さい声でぼそぼそとしゃべった。ほとんど何を言っているのかわからず、聞き返しても同じ大きさでしか返ってこない。 付き合いづらい。 正直そう思ったが、その後数回に渡って同じ課題が続いたので、そのたびに顔を合わせ多少なりとも言葉を交わすことになった。 私は見たまま、彼女の俯き加減でほとんど前髪で隠れた顔を描いた。巡回していた美術教師は私のスケッチブックを覗き込むと、「顔を描いてくれないかなあ」と困ったように言った。 教師のリクエストに素直に応じるというのも、反抗期の少年にはいささか似つかわしくない態度だろうが、さりとて事を荒立てる必要もないと思い、そのときは迎合してやることにした。 私は伊藤くんに申し入れたものである。 「あの……もしよろしければ髪を少し……」 伊藤くんには軽く戸惑うような仕草が見受けられた。それでも拒否まではせず、もたつきながら前髪の半分を耳にかけた。 細面の白い顔が現れる。薄い唇に細く高い鼻、睫毛の長い切れ長の瞳――。 あれ、と思った。伊藤くんは女生徒だよな? しかしそこにあるのは、どちらかといえば美人というよりイケメンの顔だった。 あとから思えば、私はこのとき何かを感じ取っていたのだろう。だが、その後個人的な関係が深まると予想もしなければ期待もしていなかったこの時点では、違和感の原因を突き詰める必要も感じず、彼女の気が変わらないうちにと鉛筆を走らせる方を急いだ。 特徴がないのが美形だから、その点では男女に違いはない。何かで読んだそんな言葉を思い出しつつ、伊藤くん個人に何らかの関心を持つことはしなかった。
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