安藤と伊藤

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やがて課題が終わり、私たちは無関係に戻った。 その頃私は、後ろの席になった高木陽介くんと親しくなっていた。おとなしいけれど明るい笑顔のかわいい子で、背の順でも私のすぐ後ろだった。私たちには取り立てて共通点もなく、強いていえば教室内にほかに友達がいないという点で利害が一致して、よく無駄話をする仲になった。いっぽうで伊藤くんは、いつ見ても一番後ろの席で誰とも交わらず長い前髪を垂らして俯いているのが印象的だった。 彼女がクラスの女子から無視されているらしい、という噂が聞こえてきたのは、ゴールデンウィークを控えた四月下旬の頃だった。 どうせどこも出かけないから、という高木くんに付き合って、本を借りに図書室へ行ったときのことだ。 「ゆいちゃんはどっか出かけるの?」 探偵ものを数冊抱えた高木くんが聞いてきた。彼は私をゆいちゃんと呼ぶ。 「多分どこも。……母上は忙しいと思うのでね」 そう言っただけなのに、高木くんはわざとらしく大きなため息をついた。 「はあ、いいなあ、仕事でいないなんて……うちはそんな理由じゃないからなあ」 高木宅の事情はかねてより聞いている。父親不在なのはうちと同じだが、経済力に圧倒的な差がある。 母親は長年の苦労がたたったせいで心身を壊して休職中、うつ病と診断され無理ができないらしい。すでに成人している兄は中学卒業から真面目に働いていたものの、悪い仲間と窃盗事件を起こして去年から服役中。姉はふつうの専門学校生で、自分の小遣いと交通費くらいはバイトで稼いでいる。十年前にアルコール依存と暴力が原因で別れた父親は肝臓の病気で入退院を繰り返しており、養育費を払うどころではない。 よって、家計を支えているのは七〇歳を超えた祖母なのだとか。いいかげん体がしんどいので勤めを辞めたいが、年金だけでは暮らせないから――というのがお決まりの愚痴らしい。
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