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息切れを覚えるほどに最初から最後まで一気に読み尽くしてしまった。
ふと、部屋の時計をみれば、午前一時を過ぎていた。食事の後に自分の部屋に入って、今に至るまで本を読んでいて、お風呂に入ることも忘れ、いつも寝る前に欠かさないSNSチェックも、何ひとつしていない。
けれど、時間を忘れるほど没頭して、今、心が満ちている。この気持ちはなんと呼ぶのだろう。
前半のページをぺらぺらとめくる。ああ、このとき主人公は男のことを何も知らなかった。だからこんな言葉を吐いてしまったんだ。今は違う。きっと今ならもっと別の言葉を告げている。
本当によかった。この本に出てくる人たちが幸せでよかった。まるで自分が主人公の友達にでもなったような気持ちで安堵する。
悔しいけれど、この本に出逢えてよかったと思えたし、もう一度最初から読み直したいとさえ、思った。できれば、この本について内容を知っている人間と語り合いたいとも思った。
ふと、あの男の顔がよぎる。きっと、この本に自力で出会うことはなかったと思う。
自分のことをまったく知らないくせに、この本をどういう意図で薦めてくれたのか知らないがもし、それが本屋という場所に勤める人間の仕事だというのなら、なんと誇らしい仕事なのだろうか。
あの男は、子供連れの女性に穏やかな笑みで本の話をしていた。
きっと自分以外にも、たくさんの人とたくさんの本を巡り合わせては繋ぐという立派な仕事をしているのだ。
(本屋の王子様、か)
ほぅ、と溜息をついて男の顔を思い浮かべた。
「って、違うでしょ!あいつは口が悪くて最低なやつなんだから!」
何かを断ち切るようにわざとつぶやいて、美樹はベッドに仰向けになった。
いつもならすでに眠っている時間、少しだけ目を閉じれば、次に目を開いたときには、朝のアラームが鳴り響いていた。
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