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学校が終わって、美樹はほぼ駆け足に近いスピードで本屋に向かっていた。
『あの男に言いたいことがある』
今日は一日中そのことばかりを考えていた。
入口のガラス扉を開け、一目散にレジに向かうと、男は何やら伝票の整理をしていたがバタバタと美樹が走ってくる足音で顔をあげた。
「おー、しばらく見ないと思ったら」
「これ」
美樹はバッグから借りていた本を男の目の前に差し出した。
「ああ、やっぱり読めなかったか?まあ、いきなりじゃ難し……」
「桜の並木道に主人公が恋人と歩くシーン!」
美樹がいきなり声を荒げたのに、男は目をぱちくりと瞬かせた。
「……あそこ、すごく好きだった」
消え入りそうな声でそれだけ告げると、男はふわりと口元を緩めた。
「ああ、俺もそのシーンは気に入ってる」
「あと、この主人公はきっと、離れててもこの人のこと忘れた日は一度もなかったと思うの。アンタはどう思う?」
詰問に近い口ぶりに男は苦笑いを浮かべた。
「そうかもしれないな」
男は美樹の顔を見ながら、あいかわらずの上から目線で言葉をつづけた。
「まさか、最後まで読めるとはな。一週間くらいか?」
「違うの。昨日、一気に読んだの。時間なんて忘れちゃうくらい夢中になった」
「へぇ」
男は再び、手元の伝票に視線を落とした。
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