第1章 探偵は事務所にいる

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 トントントントン、階段を昇ってくる音が事務所内に響く。古いビルなので、内も外も相当ガタが来ている。  比較的軽やかなのは、音の発信源が女性だからだろう。自分だったら、ドスンドスンともっと重たい音になるはずだ。  (みなみ)(たかし)は、アーケードを叩き付けるように激しく降る雨と、いままさに到着せんとしている昼飯(弁当)が織りなす不協和音を聴きながら、ものぐさい様子で立ち上がった。  三畳ほどしかない狭い給湯室へ向かうと、水道水をいっぱいに満たした薬缶を火にかける。  来客用であり昼食用にもなる応接セットのガラステーブルに、盆にセットした急須と湯のみと茶筒を置く。  台所に戻り、小さな冷蔵庫を開け、商店街の八百屋から分けてもらったぬか漬けの容器を取りだす。フタを外し、蕪を一切れ口に放り込む。  容器を手に応接室に戻り、ソファに腰を下ろして、急須と湯のみを温めるためにじかに薬缶の熱湯を注ぐ。  その時になってはじめて、TVボードと連結する小戸棚の上の瞬間湯沸かしポットの存在に気づく。
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