第3章 こうして私は私立探偵になった

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 たとえ絶縁状態だったとしても、財産分与となれば話は違ってくる。親族が権利を主張してくれば、トラブルに発展するのは目に見えている。  相続をめぐる家族間の修羅場、醜悪極まりない貶し合いを――自分たちが請け負った身辺調査の内容が、そういった場で取り沙汰される――これまで幾度となく見てきているというのに。  もちろん、ありがたく受贈すれば、やや年季がはいっているとはいえ立地もまずまず、空きフロアも少なく、テナントの家賃収入だけでかなりの所得にはなる。税金対策さえうまくやれば、メリットのほうが大きい。  母が経営する小料理屋を移転するのもいいだろう。毎月の家賃から解放されれば、けっこうな経費削減になる。しかし、ことがことだけに皮算用は禁物だ。  すると、所長は言った。 「やっぱり、俺の目に狂いはなかった。おまえには、一時の感情に流されることなく冷静に状況を判断する力が備わっている」 「こうしよう。明日にでも弁護士に連絡して、遺言状に一文をつけ加えさせる。定めた期限内に相続人から相続希望の申し出があれば協議、なければ相続放棄と見なし、当物件は、辰巳探偵事務所副所長南天に譲渡するものとする」
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