渡辺 龍

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「お疲れ様でした」 会社をあとにする。 足音は聞こえない。 なぜなら今日は、いつもとは違う道を通っているからだ。 それから電車に揺られること十二分。 やっと見慣れてきた光景を、少し不安になりながらも歩く。 足音は聞こえない。 どうやらバレなかったようだ。 逃げるようにエントランスに入り、お気に入りのキーホルダーをつけた鍵を取り出す。 エレベーターに乗り、二十六階で降りる。 緊張しながらも鍵を差し込むと、自分の家とは少し違う音がした。 新鮮な、一人暮らしを初めてした時のような気持ち。 「…お邪魔しまーす」 真っ暗な部屋。 先日受け取った合鍵は、当然ながらまだ手には馴染まない。 彼の匂いがして不思議と安心する。 まさか、しばらく家に泊まっていい、なんて。 昨日運び込んだ荷物たちは、何だかソワソワしているようにも見える。
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