33人が本棚に入れています
本棚に追加
父が私を離したのはその言葉を叫んだ直後だった。父の目からは光が消え、ふらふらと夢遊病者のように私から離れていく。顔や着物に点々と血がこびりついた姿はまるで人喰い鬼のようだった。
果たして鬼は自分と同じ鬼を殺せるのだろうか。あの豹変から幾日か経っても父が生きていたのは『肉体』ではなく『心』を殺されていたのかもしれない。
父は夜になるとこっそりとどこかへ出かけるようになった。肩を食い千切られた日を境に距離を置いていたが一度だけ、狸寝入りをしていた私に寄り添うように眠っていたことがある。それは一昨日のことだ。その時の父の着物からは微かに血の匂いがした。
昨日の早朝に目が覚めると父は俯いて座っていた。
『毎晩どこに行くの?』
言いたいことは他にあった。死を願ってしまったことを謝りたいと思っていた。それでも出てきたのはそんな単純な問いかけだけだった。父はその問いには答えず、ただ淡々とこう言った。
『お前のほうがずっと旨かった』
最初のコメントを投稿しよう!