序章

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 さわさわと木の葉が風に揺れる音が聞こえてくる。  障子を開ければ深い闇が庭園を飲み込んでいる。今宵は満月だと聞いてはいたが、唯一の光となるはずの月は濃い雲に隠され、外界全てが墨をこぼしたような黒に支配されている。一歩踏み出せば永遠に落ちていくのではないか、そんなことを思わせるほどだった。  男は毎晩丑の刻に必ずといっていいほど目を覚ました。そして密閉された部屋の不気味な静けさから逃れるかのように襖を開けてはもはや黒色だけとなった庭を見渡す、これの繰り返しだった。例え外の闇が家の中に比べてどんなに冷たく、より一層孤独感に苛まれるものだとしても。  縁側に腰掛けてどこか物憂げに頬杖をついてからふと今は六月の何日だったろうか、と考える。十三日に妻が死んでから曜日というものが全く気にならなくなってしまった。どれくらい日が経とうが自分にとっては何の変哲もないことだ。待てど暮らせど喪ったものは戻ってはこない。
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