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南君は、今日も公園のベンチで寝そべっている。
南君はつい最近、ホームレスになった。職を失い、とうとう
家賃が払えなくなって、アパートを追い出されてしまったのだ。
南君には多少友達が居たけど、彼を居候させてくれるほど仲の良い友達も居なかったし、だいいち南君自身が、友人の家に居候させてもらうという選択肢を持たなかった。
もちろん携帯も支払いが滞っているから通じないので、友人との連絡は一切とれなくなっている。
南君は早くに両親も亡くなっており、親戚縁者も遠い所に住んでいるので誰も頼る人はいない。私も南君を助けてあげたいのだけど、私にもそんな余裕は無い。
私も日々一日、食うや食わずのギリギリの生活をしているのだ。
南君は職を探すでもなく、日がなベンチでゴロゴロしているのだけど、一つだけ取り柄があった。南君は、猫にとても好かれるのだ。
今日とて、南君のベンチの周りには数匹の猫がタムロしている。
「よしよし、いい子だね。」
そう言って南君が猫の頭やあごを撫でると、猫は気持ち良さそうに目を細めるのだ。南君は猫のカリスマなのだ。餌を与えるでもない南君に猫は夢中だ。
南君になびかない猫などいない。
マタタビの成分でも分泌してるんじゃないかと思うほどだ。
私は南君に恋をしている。でも、私は南君と話したことが無い。
話すことができないのだ。毎日、遠くから南君を見ることしかできない。
そんなある日、南君が私に気付いてくれた。見つめられてドキドキした。
「やあ、君、この辺では見かけない子だね。おいで。」
南君が私に手招きをした。嘘みたい。私は熱に浮かされたように、ふらふらと
南君に近寄って行った。
「君、変わった毛並みだね。女の子か。」
私に向かって言った。南君が私を抱き上げた。嬉しくて私は声を出してしまった。
「ニャー。」
「よしよし、いい子だ。僕と一緒に帰ろう。」
他の猫たちが羨ましそうに私を見た。私はその羨望の視線を受け優越感を感じた。
南君が、私を選んだ。
南君の自転車のカゴに乗り、私は夕暮れの風を受け心地よかった。
橋の下のダンボールハウスに、私を抱いて南君は入って行った。
「はあ、お腹すいたな。じゃあ、いただきます。」
そう言うと、南君は冷たくて熱い痛みを伴う銀色の刃を私の額に振り下ろした。
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