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「あ、のさ?」
「うん?」
「異論は無いんだけど」
「ん?」
「後悔はしてる」
「え?」
「後悔してる。すっごくね」
こんな大事なことを、こんな場所で、色気もムードもゼロなこんな状況でアンタに言わせた自分にめちゃくちゃ後悔してる。
「だから言ったじゃん」
「大人しく呼び出されてりゃ良かった」
宮田は短く「ふっ」と含み笑いながら私の顎を掴み、親指で唇の形を変えた。
そして、ゆっくり手を離し、
『佐藤に色目を使いやがって!浮気者!』
そう書かれた付箋の文章にガッガッと勢い良く二重線を引くと、赤で電話番号を書き足した。
「オレの番号。定時になったら迎えに来る」
「うん」
とびきり甘い視線を落とす宮田に、私はすっかり骨抜きにされていて、
「ねぇねぇ、ミヤー、10年間自分でシなかったの?」
「シたさ、もちろん!シまくったわ。なんならコイツに似た女優シリーズ買い揃えたわ!」
千葉さんと宮田の聞き捨てならない会話に「ちょっと待てーい」と突っ込むのを忘れ、
「あぁ、あの女優?似てるよね!本人かなって思っちゃうくらい。あ、高橋くんに貸したよね?返してね?」
隣のデスク高橋くんが私に似てるというアッチの女優のDVDを借りてたことに「オレの女をオカズにしてたのか?あぁん?」と宮田がキレてても、
「実は貸してて」と又借りがバレた斎藤さんが宮田に「てめぇ、オフィス内でのよからぬ妄想ばっかしてたんじゃねぇだろーなぁ?あぁん?」とキレられてても、
惚れられてんじゃん私、なーんて思うくらい浮ついていて。
蕩けた目で見つめてくる宮田が「やっぱここで釘刺して正解だったなー」と呟くのを聞いて、
めっちゃ惚れられてんじゃん私、なんてニヤついてしまうほどで。
窓際から「おーい、一段落したら仕事しろよー」と呑気なお叱りを飛ばす課長はいい人だなぁなんて思ったりして。
「じゃ、オレ戻るわ」
「うん」
自分のオフィスへと戻る背中も、男のくせに妙に艶かしい腰も、歩く時に外を向く綺麗なつま先も、今日から全部私が独り占めしちゃうのかと思いながら、
「千葉さん、御祝儀タンマリよろしくね」
「……似たもの同士だなぁ」
貼り付けられた付箋を1枚1枚丁寧に剥がし、手帳の今週のページに大事に大事に挟んでから、よし、やっちゃいますか!とパソコンのエンターキーをポンと叩いた。
*完*
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