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今年の夏は太平洋の高気圧の力が弱いせいで、変な天気だ。
こんなに長い距離を走って来ても汗だくにならない涼しさは助かるけど、ギラギラした太陽がないと夏の海に来たっていう実感が湧かない。
夏休みに入ったというのに、戸波の海にはそれほど人はいなかった。
スコップとバケツを持った親子連れ。寒そうに胸の前で腕を交差させてキャーキャー騒いでいる女子中学生たち。砂浜を手を繋いで歩いているカップルから目を逸らして、私は岩場の方に向かった。
「波が高いな。向こうの空が真っ黒だ。さっさと宝くじ買って帰ろう」
叶が指差した先の空には重そうなグレーの雲が垂れ込めていた。
「今日の天気はどうだっけ? 雷注意報、出てた?」
思い出そうとしても思い出せなかったのは、テレビの気象情報を見ていなかったからだ。占いで頭がいっぱいで。
「朝は出てなかったけど」
そう言いながら、叶はスマホを出した。
きっとネットで天気予報を見るんだろうと思ったから、ヒョイと覗き込もうとしたら、叶が凄い勢いで私から離れた。
チラッと見えてしまったのは、女の子の写真の壁紙。
この間までは愛犬のタロだったのにね。
気まずい空気が流れる。
壁紙を里保に変えたことをからかうべき?
クールなくせに意外と恥ずかしがり屋の叶には、きっかけが必要かもしれない。彼女が出来たってことを私に報告するきっかけが。
「見えた?」
「何が? 天気どうだって?」
きっかけなんて与えたくない。照れながら嬉しそうに話す叶なんて見たくない。
だから、わざととぼけて天気のことを訊いたのに、叶は天気を調べようともしなかった。
「壁紙、変えたんだよ」
「へえ。タロの寝顔、可愛かったのに」
「……好きな子の寝顔、撮れたから」
岩から岩に移ろうとしていた足が止まった。
は? 里保の寝顔?
やだ。それって……。
「何、アダルティーなこと言っちゃってんの? 付き合い出したばっかで、もう? 手が早すぎるでしょ」
俯いた自分の顔が赤いっていう自覚がある。
信じられない。叶が里保とそういうことを? やだ。信じたくない。
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