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「いやね、私は不思議なんだよ。どうしてあんたがその本を読んで一喜一憂しているのか。」
漸く口を開いたかと思えば、おばあちゃんは可笑しなことを言った。
「そりゃそうだろう。僕はおじいちゃんになれないまま死ぬ。そして僕の好きな人はもっと早く、もうすぐしたら死ぬんだ。それがわかって、冷静でいられるわけが無い。」
おばあちゃんはニコニコと微笑みながら首を傾げた。
「それがおかしいねえ。だって、その本の作者はアンタなんだ。そこに書かれたアンタの人生は完結しているかもしれない、でもアンタ自身の人生はまだ終わっていないだろう?」
おばあちゃんは震える小さな手で僕を指さした。
「でも、ここに書かれていることは事実だ。そうなんだろう?僕は病気で死ぬ、加奈恵は事故で死ぬ。」
「確かにそこにはそう書かれているかもしれない。でも完結した物語を好きに変えてしまうのは作者の自由。幸せな人生も、辛い人生も、アンタのたった一つの言葉で変わってしまう。だから、それはあくまで想像の世界であって、確立された未来ではないんだよ。」
僕にはおばあちゃんの言っている言葉がわかるような、わからないような、何とも言えない気持ちになった。
ここに書かれていることは本当に起きている事だ。でも、その先の未来のことはまだ起きていない。
僕がこのまま本の通り、加奈恵を避けるように生きていき、引きこもってしまえば、起きる未来なら。
「……すみません、おばあちゃん。本棚を荒らしてしまって。破れてしまったものもあるし。僕、お金持ってなくて、その……。」
「いいのよ、大丈夫。また書けばいいんだもの。元々書いてあった物語よりもっと素敵な未来を、ね。」
僕は不思議な本屋さんを出た。空は既に月が出ていて、鈴虫の鳴き声と牛蛙の鳴き声だけが耳に響いた。
「帰ろう。」
僕は何故か帰る道だけは分かった。しばらく歩くといつもの家路につき、僕は母さんに泣きながら叱られた。
僕の病気が発覚したことで、帰ってこないことをとても心配して捜索願まで出そうかと思っていたそうだ。
僕にはこんなにも心配してくれる家族もいてくれる。なら頑張って書き続けよう、僕だけの人生を。
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