迷子のお客さま

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 その日以降、毎朝リビングに男の子のための絵本とお菓子、お茶を用意し、軽くエアコンをかけてから店に降りるのが沙苗の日課になった。リビングが貸し出されるときには「ごめん、今日はちょっと私の部屋にいといて」と声をかけて自分の部屋に軽くエアコンをかけて店に降りる。店に客がいるとときどき階上に人の気配を感じることもあるが、気配が階下に降りてくることはない。  唯一の例外は、智和が遊びにきたときだ。智和が来ると、軽い足音が二階から降りてくる。智和も心得たもので、だいたいはほかに客がいないときを狙ってやって来てレジカウンター奥の休憩スペースに上がる。そんなときは沙苗は何も言わず、休憩スペースに智和の分と、そしてもう一つ小さなコップに麦茶を入れて置く。沙苗には相変わらず何も見えないが、ときどき、男の子が智和と一緒に楽しそうにおしゃべりしながら麦茶を飲んでいるイメージが頭の中に浮かぶ。  夏が終わりに差し掛かるころ、二階のリビングを借りてイベントをしたいという客が増えた。「コレーダの二階でお楽しみ会をするとなんか盛り上がるし、赤ちゃん連れてきてもぐずらない」という噂が広まっているらしい。その話を聞いた沙苗の頭に、にこにこ笑う男の子の姿が浮かんだ。 「座敷わらしみたいなもんと思っておいたらええかなあ」  沙苗の言葉に、絵本を眺めていた智和は顔を上げ、にっこり笑った。盂蘭盆会の時期に父親と分担して檀家の棚経に回った彼は、すっかり日焼けをしてしまっている。 「ええんちゃう?」 「そうか……」  沙苗はレジカウンターに肘をついた。 「家に帰してあげたいような、このままここにいさせといてあげてもいいような……」 「本人が思い出せへんのはなんともできひん。しばらくここにいさせといてあげたらええと思う。思い出したら家に帰るやろ」 「思い出したら家に帰れるん?」  智和はふっと笑った。 「魂は千里を走る言うからな。家を思い出して、帰りたいと思ったら、思った時にはもう家に帰ってる……と、俺は思う」  姿が見えない迷子の男の子が自分のことを思い出せるまで、ここに置いてやるのも悪くない。沙苗はそう考えた。 (了)
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