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是枝書店は、沙苗の実家だ。同じ商店街にあり、地元の中学校の教科書の取り次ぎや教科書対応の問題集・辞書、中高校生に人気のコミック誌、漫画やライトノベル、近所の美容院や医院の待合室に置く雑誌などを扱っていて、手堅い経営をしている。沙苗はずっとこの店を継ぐつもりでいたのだが、結局、兄が結婚を機に会社員をやめて店を継ぐことになってしまった。そこで沙苗は独立し、たまたま売りに出ていたここを購入して絵本専門店を作ったのである。もちろん、独立したからといって実家と疎遠になったわけではない。同じ商店街に住み、店を営んでいるわけだから商店街の集まりでもよく顔を合わせるし、行き来も頻繁だ。
『なんや、久しぶりやのにそのつれない態度は。せっかく今日夕飯一緒にどないやって思ったのに。幼稚園も休みに入ったから、店も暇やろ』
幼稚園というのは、近くにある寧心幼稚園のことだ。名前のとおり寧心寺が経営している小さな幼稚園で、寧心寺の住職である森野昌徳が園長を、その息子である森野智和が副園長を務めている。
客層が高齢化しているこの商店街に沙苗が絵本専門店を作った理由はこれだった。過疎気味とはいえ、幼稚園があるため親子連れの行き来はそこそこある。ということは、そこに子ども向けの店を作ればそれなりに集客は見込めるのではないかと思ったのだ。さらに都合のいいことに、副園長の智和は沙苗の同級生で仲がよく、是枝家は寧心寺の檀家である。要するに寧心幼稚園との間にコネがあるというわけだ。かくして、寧心幼稚園とその園児の母親有志が作る絵本の会のメンバーは、絵本屋コレーダの最大のお得意さんである。
「それがな、明日はうちの二階で年長さんのママさんたちがお楽しみ会しはるんよ。準備しときたいし、今日はやめとくわ」
『そうか、残念やな』
「うん、ごめんな、また今度」
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