序章 前

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 五人の中央に十歳くらいの少年が立っている。隣には背の低い老人が立っており、その老人の手が少年の背に添えられた。少年は亡骸を見つめたまま動かない。彼の空洞のような表情の中で、瞳だけが不思議な輝きを宿していた。 「乙(いつ)よ。王に、託したい言葉はないか」  老人が言った。少年は首を振った。  端に立っていた壮年の男が、前へ歩み出た。男は、厳しい表情をしている。男は広い手の平を、亡骸の胸の上にかざした。 「甲王、神の庭でお会いしましょう」  言葉と同時に、男のかざした手の平が、火を点した松明のように燃え始めた。白い炎に包まれた右手を、男は遺体の胸に下ろした。炎は藍色の着物に燃え移り、死者の体は油を纏っていたかのように一瞬で炎に包み込まれた。白い炎と煙が、暗い室内を昼のように照らし出した。  五人は燃え盛る亡骸に向かい一様に傾首すると、祭壇に背を向けて歩き始めた。祭壇の正面には、大きな扉が炎に照らされて浮かび上がっている。先頭を歩いていた巨漢が扉を開くと、眩しい昼日の中に渡り廊下が続いていた。  順々に扉をくぐってから、最後に老人が石の扉に閂をかけた。少年が、思いついたように彼の前を歩いていた壮年の男に声を掛けた。 「呂翔(りょしょう)」 「どうした?」  男は振り返った。声が優しい響きを含んでいる。彼の手の平には、もう炎は点ってはいない。 「民衆が歌った祭歌や先ほどのお前の言葉は、父上に届いているのだろうか?」     
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