序章 前

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 この時亡くなった王の名を、甲という。正しくは、辛国の王に個人としての名前はない。太陽の名を冠したこの国では、王も同じように十の太陽の名前で呼ばれるのが慣わしとなっていた。建国王である初代の辛王から数えて十四代目の王が甲王であり、その子は甲に続く太陽の名前をとって乙と呼ばれた。  甲王は、それまでの王のうちでは最も早く天寿を全うした王であった。王が二百年近く生きるのが通例であった中で、彼は一一八歳でその生涯を閉じた。呪術師が医師を兼ねていた時代に王の死因を特定する者はいなかったが、病でも事故でもなく、甲王は老衰によって静かに息を引き取った。  この出来事が、後代の目から振り返った時の、ひとつの時代の転換点となった。甲王の没三年後喪が明けてから王位を継いだ乙王は、辛王朝の最後の王となる。  乙は幼い頃からから利発で明敏な少年であった。少年は、成長するとともに実践型の合理主義者へと変貌していく。乙は最終的には国を滅ぼした王であったが、辛国の最盛期を実現したのもまたこの王だった。彼は王位に就いてしばらく後、辛国内の体制に様々な変革をもたらした。     
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