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序章 前
巨大な石煉瓦を積み上げて造られた空間は、広さや天井の高さからして宮殿の広間か寺院の聖堂のように見えた。そこを満たす空気は明け方の霧のように冷たく湿っている。天井に唯一空けられた長方形の天窓からは、薄暗い堂内を照らす一条の光が下方へと注いでいる。四角く切り取られた明るみの中に、老いた男の眠った顔が横たわっていた。男は深い藍色の着物を着て、石の祭壇の上で静かに体を横たえている。紙のように白い皮膚からは生気が感じられない。それが亡骸であることは、近付いてみればすぐに見て取れた。
静寂に包まれていた堂の中に、五つの人影が入ってきた。
それらはそれぞれ足音低く祭壇に歩み寄ってくると、老人の亡骸を囲んで死者の顔を見下ろした。
「甲王(こうおう)…」
影のひとつであった男が、悲しみに耐えかねたように呻いた。岩のような巨躯の持ち主である。巨漢の隣に立っていた細面の女が、同じように悲しい面持ちで、その大きな肩の上に白い手を乗せた。
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