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1.人形
うちの二番目の兄は人形が好きだ。
市松人形にしろビスクドールにしろ、気に入ったものがあればなんでも買ってくる。
そんな次男がその日持ち帰ってきたのは、小さい女の子が好むような、赤い服を着た布製の可愛らしい人形だった。
一体どこのフリマで買ったのだろう。すっかりくたびれて汚くなったその人形に、僕達兄弟は大いに引いた。
僕と三男は人形を返してくるように言ったが、強情な次男が首を縦に振ることは無かった。
そして兄は、人形に向かって優しく微笑んだ。
「だって、勿体ないじゃないか」
その夜のことだ。
誰かの足音で目が覚めた。
最初は兄弟の誰かが起きてきたのかと思った。だけど、どうやらそれは外から聞こえてくるらしい。
小さな足音と共に響くのは、幼い女の子の泣き声。
迷子だろうか、と寝ぼけている頭で考えたのもつかの間、僕はある事実に気付き一気に目が覚めた。
──こんな時間に?
慌てて枕元の携帯を確認する。時刻は、午前二時。こんな深夜に女の子の声がするはずがない。どこかの家の声が漏れているのか? いや、あれは間違いなく外からのものだ。
しかも、ごく近くの。
僕はとっさに窓を見やる。
女の子の声が聞こえてくるのは、間違いなくあのカーテンの向こう側だ。
よく耳を澄ませてみると、泣き声はずっと一定の音量で聞こえてくる。
つまり──家の傍から、全く動いてないのだ。
その時、僕は恐ろしいことに思い出した。
そうだ、確か僕は、
窓を閉めないで、眠っていた。
カーテンの向こう側は、隔てるものが何も無い。
このままでは、いけない。
女の子が部屋に入り込んでくるような気がして、僕は布団から起き上がり、震える手でカーテン越しに窓を閉める。
相手に気付かれないように、ゆっくり、ゆっくり。
そして、あともう少しで閉めきるという正にその瞬間、突如強い風が室内になだれ込んできた。
抑える間もなく、バサバサとはためくカーテン。
まだわずかに開けられた、窓の隙間。
そこから──僕は、見てしまった。
こちらを見上げる、血にまみれた女の子の姿を。
その時、耳元で、「返して」と声がした。
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