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2.信号機
最近、変な夢を見る。
僕が居るのは横断歩道の前だ。
恐らく、日が暮れ始めた頃の時間帯だろう。遠くからは微かに烏の鳴き声が響き、辺りの景色は、全て毒々しい赤に染まっている。
それは夕焼けというよりも、濃い血でキャンパスを塗り潰しているかのような色合いだった。
左右には、僕と同じく信号待ちする人々。彼らの姿は灰色にぼやけていて、顔はよく見えない。
その割には烏の鳴き声以外は酷く静かで、僕の耳には自身の息遣いしか届いていなかった。
信号は未だ赤い。
赤いというのに、車は一台も通らない。
赤一色の世界の中で、信号機のその色がより一層色濃く、禍々しく見える。
妙な静寂さと不気味さに、息が詰まりそうだ。
やがて、一台のトラックがやってきた。
それは砂埃を巻き上げながら、猛スピードで走ってくる。
そして、トラックが横断歩道を通過するその瞬間。
僕は、何者かに、手を引かれるのだ。
耳をつんざく様な衝突音と共に、凄まじい衝撃が体を走る。
骨の砕ける音がする。
筋と血管が千切れる音がする。
内臓が潰れる音がする。
僅か数秒の間、僕は確かにその全ての音を聞いた。
口から吐き出されたのは、自身の血だろうか。
吹っ飛ばされた体は、乱暴に地面へ投げ出された。そして、勢いを殺すことのないトラックに、容赦なく轢き潰される。
そうして、無感動にこちらを見下ろす灰色の人影に囲まれながら、
僕は、息絶えるのだ。
「どうした、ハル。顔色悪いぞ?」
ある日、次男が心配そうに顔を覗き込んできた。
「ううん、何でもない。ちょっと寝不足なだけ」
「寝不足なだけって……。ここ数日、ずっとそうだろう? 具合でも悪いのか?」
なんとかごまかしていたつもりだが、次男には気付かれていた。つくづくカンの鋭い奴だ。
「……実は最近、夢見が悪くて、ね」
迷ったあげく、僕は素直に打ち明けることにした。
どうせ単なる夢、人に話せば少しはスッキリするかもしれないという思いだった。
次男はその話を、最後まで静かに、奇妙なほど静かに、聞いていた。
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