4.泣く女

1/2
前へ
/24ページ
次へ

4.泣く女

僕がまだ小さい頃の話だ。 ある日、泣いている女の人を見かけた。 真っ白なワンピースに身を包んだその人は、顔を両手で覆い、肩を震わせながら嗚咽を漏らしていた。 僕は子供心に、その人が可哀想だと思った。 そして、何がそんなに悲しいのか不思議に思った。 だから、彼女に近付いて話しかけようとしたのだ。 けれど、それは怖い顔をした長男によって止められてしまった。 どうして止めるのかがわからなくて、僕は何度も、女の人が泣いている、心配だということを訴えた。だけど長男はとても怖い顔で、必死に僕の手を引っ張った。その顔は、酷く青ざめてもいた。 やがて、そこに次男も居合わせた。 長男は苛立ち気に、次男に何かを訴えた。それはよく聞き取れなかったけれど、泣きそうな声だった。 次男は僕達と女の人を交互に見比べると、納得したかのように頷いて、長男と共に僕を引っ張った。 結局、僕は兄二人に引きずられ、その場を後にするしかなかった。 今日、ふとその話を思い出し、長男に訊いてみた。 当時のことを思い出したのか、長男の顔色が悪くなった。けれど、いい加減話しても良いと判断したのか、軽く咳払いし、答えてくれた。 「あのなあ、ハル。お前はあの時、〝泣いてる女の人が居る〟って言ったけどさ」 「俺の目には、泣いてる女じゃなくて、笑ってる女が見えていたんだ」 長男が見ていたのは、全く別のものだった。 僕をジッと見詰めながら、狂った笑い声を上げる女の姿だったのだという。 「もうさー、背筋が凍ったよね。お前は泣いてるって言うけど、あれどう見ても笑ってんだもん。しかも、どう考えても、アレはお前を狙ってた」 これはヤバイ、と直感した長男は、運の良いことに偶然居合わせた次男に協力を仰ぎ、死ぬ思いで僕をその場から引き離したのだ。 「まあ、幸いあれから見なくなったけどなー……。 お? どうしたハル? 黙りこくっちゃって。もしかしてビビった? へいへいビビった?」 「黙れ」 途端にからかいだした長男に腹パンを入れて、強制的に黙らす。ほんの少し訊いたのを後悔しただなんて、そんなことない。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加