5人が本棚に入れています
本棚に追加
4.泣く女
僕がまだ小さい頃の話だ。
ある日、泣いている女の人を見かけた。
真っ白なワンピースに身を包んだその人は、顔を両手で覆い、肩を震わせながら嗚咽を漏らしていた。
僕は子供心に、その人が可哀想だと思った。
そして、何がそんなに悲しいのか不思議に思った。
だから、彼女に近付いて話しかけようとしたのだ。
けれど、それは怖い顔をした長男によって止められてしまった。
どうして止めるのかがわからなくて、僕は何度も、女の人が泣いている、心配だということを訴えた。だけど長男はとても怖い顔で、必死に僕の手を引っ張った。その顔は、酷く青ざめてもいた。
やがて、そこに次男も居合わせた。
長男は苛立ち気に、次男に何かを訴えた。それはよく聞き取れなかったけれど、泣きそうな声だった。
次男は僕達と女の人を交互に見比べると、納得したかのように頷いて、長男と共に僕を引っ張った。
結局、僕は兄二人に引きずられ、その場を後にするしかなかった。
今日、ふとその話を思い出し、長男に訊いてみた。
当時のことを思い出したのか、長男の顔色が悪くなった。けれど、いい加減話しても良いと判断したのか、軽く咳払いし、答えてくれた。
「あのなあ、ハル。お前はあの時、〝泣いてる女の人が居る〟って言ったけどさ」
「俺の目には、泣いてる女じゃなくて、笑ってる女が見えていたんだ」
長男が見ていたのは、全く別のものだった。
僕をジッと見詰めながら、狂った笑い声を上げる女の姿だったのだという。
「もうさー、背筋が凍ったよね。お前は泣いてるって言うけど、あれどう見ても笑ってんだもん。しかも、どう考えても、アレはお前を狙ってた」
これはヤバイ、と直感した長男は、運の良いことに偶然居合わせた次男に協力を仰ぎ、死ぬ思いで僕をその場から引き離したのだ。
「まあ、幸いあれから見なくなったけどなー……。
お? どうしたハル? 黙りこくっちゃって。もしかしてビビった? へいへいビビった?」
「黙れ」
途端にからかいだした長男に腹パンを入れて、強制的に黙らす。ほんの少し訊いたのを後悔しただなんて、そんなことない。
最初のコメントを投稿しよう!