5人が本棚に入れています
本棚に追加
5.おかえり
学校から帰り、家の戸を開ける。
部活が無い時は、僕が一番に帰宅することが多い。なのでどうせ今日も誰も居ないだろうと思いつつ、つい癖で、僕は「ただいまー」と声を張り上げる。
「おかえり」
意外なことに、二階から返事が返ってきた。気だるげなあれは、三男の声だ。彼が僕より早く帰っているのは、珍しいことだった。
「あれ、秋兄? 今日早くない、どうしたの?」
二階に呼びかけてみたが、どういう訳だか、今度は返事が返ってこない。
不審に思って、手早く靴を脱いで家に上がる。
「秋兄、聞いてるー?」
再度呼びかけてみるけれど、やはり静かなままだ。
「秋兄? 秋兄さ―ん」
しょうがないな、と呟いて二階に上がることにする。どうせ、読書にでも熱中しているのだろう。
重い鞄をその場に下ろし、階段に足をかける。
「──ただいま」
背後から、三男の声が聞こえた。
「え、」
驚いて振り返ると、丁度玄関に入ってきた三男と目が合った。
首元がダルダルに緩んだシャツに、腰パンのジーンズ、耳元にはお気に入りのヘッドフォン。癖っ毛の髪に、鋭いつり目。
どこからどう見ても、そこに居るのは間違いなく、いつもの三男の姿だ。
じゃあ。
さっき、二階で返事をしたのは、誰だ。
明らかに今帰ってきたばかり、といった感じで佇む兄は、僕の視線に気付き、胡乱気に睨み返す。
「何、人のことジロジロ見て」
「しゅ……秋兄、だよね……?」
「俺がニセモノにでも見えるの」
「だって、さっき、二階、」
震える声で、必死に告げる。
「二階から、秋兄の声が、して」
「二階?」
三男が僕の後ろ、つまりは階段の方を見上げる。
──と、その顔が強張った。
思わず振り返ろうとすると、三男が鋭く「見るな!」と叫んだ。
三男は、ジッと僕の背後を睨み続ける。
その顔には、大量の冷や汗が噴き出ていた。
やがて三男は、静かに言った。
「ハル、家から出るぞ。
いいか、絶対に振り向くなよ。そのまま、ゆっくりこっちに来い」
恐怖で足がすくみそうになっている僕の手を引き、三男は後ろ手に玄関の戸を開けて、ゆっくり後退していく。そうしている間も、三男は僕の背後から目を離さなかった。
そして、二人で家の外に出るその瞬間。
耳元で、酷くひび割れた三男の声がした。
「──おカえリ」
最初のコメントを投稿しよう!