第一章 見覚えのない看板

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そんな奇妙なところの前で立ち尽くすようにしている自分に羞恥心を感じた瞬間、脇を往来する人達の興味に満ちた視線が気になり始めた。 出来るだけ自然体で、それでいて確実に確認するため、顔を背けたようにしながらも横目でしっかりと人の流れと顔を見る。だが、向こうもなかなか上手いもので、こちらには解らないような自然に満ちた好奇心で行き過ぎていっている。   一時も早くこの状況から逸脱しなければ。 だが、歩道は好奇心の塊を持つ人々のぎゅうぎゅう詰めの流れ。この流れを断ち切るように飛び込んでもオハジキのようにいとも容易に弾き飛ばされ砕け散ることになるだろう。 だとしたら、残る手は・・・・・ 見つからない。そんな都合の良い作戦などあるはずも無い。そうこうしてる内に軽いパニックに陥っていく。 どうしたら・・・・ 恥ずかしいが思い切って顔を上げてみた。目の前にはあのビルが。僕は躊躇することなくその中へと飛び込んでいった。 屋内に入り誰も乗っていないエレベーターに乗ると、「どうせ、最初からここに入るつもりだったし」と、自分に言い訳などしてみた。 エレベーターが止まり扉が開く。開いた扉を左手で押さえて上半身だけ覗かせてみた。廊下に人影は見当たらない。僕はサッとエレベーターから抜け出すと、廊下伝いに歩き出した。勿論、自分の足音と、何処からか聞こえてくるかも知れない物音に細心の注意を払いながらであるが。 エレベーターから少し歩くとドアがあった。中を覗こうかと思ったが磨り硝子の上に文字まで書いてあり、全くもって見える様子も無かった。 一歩下がってドア全体を眺める。磨り硝子に書いてある文字は、「ビニール本屋 曼珠」であった。気付くのが遅かったが、ここが目的の場所であることは分かった。
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