あの時の海は、きっと青かった

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「一年と十日」  優が言った。 「あなたの彼女で幸せでした」  あぁ……だめだ。  自分で別れを告げておきながら――。ぼくにそんな資格などないことは分かっている。  でも、次々に浮かびあがる優の笑顔、声、思い出――。 「今までありがとう。好き」  せき止められなかった。腕で顔を覆う、押し付ける。すぐに袖がぐしょぐしょになった。  手にあたたかいものが触れた。何度もつないだ優の手だとすぐに気づいた。  ぼくは目に押し当てている腕をほどいた。  そこには、覆いかぶさるように優がぼくを見下ろしていた。ただでさえ暗いのに、夜空の逆光で優の表情は全然見えない。でも、きっと優しく笑っているような気がした。  優は両手でぼくの頬を包む。  そしてぼくたちは最後の口づけをした。  砂の道を戻る。来た時と同じように、携帯電話のライトで足元を照らしながら。そして、後ろを一人の女の子が続く。二人縦に並んで歩いている。  ぼくと彼女はもう手をつないでいない。恋人ではなくなったから。  ただ、 「いいでしょ、これくらい。それに夜道はぐれたらどうするの」  そう言う彼女は、ぼくの服の袖口をつまんでいた。
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