袖香る少将 一

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「ああ、そうだわ。それが終わったら、月の歌を何首か用意しておきなさいって、お母さまがおっしゃってたわ。今夜は月見の宴だから」 「月見の宴?」 「そう。宰相中将さまもおいでになるわ。ほかにも、このお手紙をくれた殿方は皆さま、いらしてくださるはずよ」  楓子は思わず眉をひそめた。  それでは、母屋の南庭や釣殿あたりは、今夜は夜通しどんちゃん騒ぎが続くのだろう。  十五夜の風情もあったものではない。  優雅な貴公子や美しい姫君が楽器をつま弾き、歌を詠み交わす管弦の宴はあくまで物語の中だけのこと。  実際に権門貴族の屋敷で催される宴会は、風流ももののあはれも縁遠いしろものだ。  出席者たちは宵のうちから空が白むまで、延々浴びるように酒を飲み続ける。  初めはそれでも体裁を保つため、何首か歌が詠まれたりもするが、宴もたけなわとなれば、べろべろに酔っぱらった貴族がお酌をつとめる女房を卑猥な冗談でからかうくらいならまだましで、貴族同士、掴み合いの喧嘩になることも珍しくない。
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