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「でも残念ねえ。あんたの母君はわたしのお母さまの異母妹(いもうと)、れっきとした亡き権大納言の姫だったけど、父親が誰だかわからないんですものねえ!」
楓子は息を飲んだ。
今まで何度も何度も聞かされてきた言葉。なのに、何度でも、初めて言われた時と同じだけの衝撃を持って、楓子の胸に突き刺さる。
「そんな娘がこの屋敷にいるってわかっただけでも、本当は大騒ぎよ。とんでもない醜聞だわ。父親が身分違いの受領とかっていうならともかく、名前も素性もわからないなんて、あんまりにも恥ずかしくって、あんたを尼にしてどこかの寺に入れることだってできやしないわ。ほんと、どこの破戒坊主だったのかしら、あんたの父親は。もしかしたら盗賊や山賊のたぐいかもしれないし、鬼の一族の頭領かもしれないわねえ!」
……違う。違うわ。わたしのお父さまは、そんな人じゃない。
怒りと哀しみの言葉を、楓子は必死に抑えつける。
「お話は、お済みでしょうか」
低くくぐもった声は、抑えきれない感情にふるえていた。
「お済みでしたら、どうぞ対の屋へお戻りください。わたしも、ひとりで和歌を作るのに専念したいと思いますので」
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