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「いけない。お母さまが呼んでるわ」
峯子は楓子が代筆した手紙をいい加減に折り、ふところへしまった。そしてばさばさと乱暴に裾をさばき、妻戸をくぐり抜ける。
「おぼえてらっしゃい。さっきのあんたの態度、お母さまに言いつけてやるから!」
部屋の外に控えていた女房たちを引きつれ、峯子はようやく自分の住まいである東の対へと戻っていった。
「誰か、庭から花を折ってきて! なんでもいいわ、秋の花を――ばか! これは撫子じゃない、夏の花よ! こんな真っ赤で暑苦しい花、秋の歌の折り枝に使えるわけないじゃないの!」
折り枝とは、和歌を結びつける植物のこと。和歌に読み込まれた花や風情にちなむものを選ぶのが良いとされている。秋の風情を詠んだ歌を、夏の花に結ぶなんて、野暮ったいことこの上ない、というわけだ。
「萩とかススキとか、なにかないの!? さっさと探してらっしゃい、こののろま!」
聞く者すべてを苛立たせるような峯子の声が、少しずつ遠ざかっていく。
やがてそれが完全に聞こえなくなってようやく、身体中の空気を全部吐き出すように、楓子は重たいため息をついた。
……やっと出ていってくれた。
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