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けれど今のやりとりは、峯子の口から必ず北の方の耳に入れられることだろう。
身よりもない、恥ずべき娘が、養ってもらっていることへの感謝も忘れて恩人の家族に逆らったとして、今度は一体どんな罰を与えられるのか。
……竹の笞で打たれるのも、食事を与えられないのも、もう慣れた。徹夜で縫っても追いつかないくらいの仕立物を押しつけられることにも。
「いいわ。今は先に、歌を詠んでしまわなくちゃね」
楓子は細筆をとり、下書き用にとくしゃくしゃの反故紙をていねいに広げた。にじんだ涙を拭い、懸命に気持ちを切り替える。
「まずは返歌ね。えーと、これは誰からの歌かしら」
こうして歌を詠むことに集中していれば、そのあいだはどんな嫌なことも忘れられる。
三十一文字の言葉が織りなす夢幻の世界に、心がはばたいていく。物語の女君たちのように、あるいはこの恋歌を捧げられた当人であるかのように。
萩、菊、満ちる月。さまざまな秋の風情を詠み込んで、優しい恋の風情が語られる。美しい言葉を書き連ねることに、楓子もいつか夢中になっていった。
優しい歌には思いやりをこめた返事を、軽率な誘いかけにはぴしゃりと容赦ないしっぺ返しを。
この時だけが、楓子の幸福だった。
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