袖香る少将 一

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「あら?」  淡い青に染められた薄様に散らし書きされた一首の歌に、楓子は思わず目をとめた。    秋の日の 雲居に聞こゆ 雁が音の       影を見ずして いかが恋ふべき 「……ま!」  ――秋の空の重なり合う雲の彼方に雁の声が響き渡るように、美しいあなたのうわさは世間に広まっております。が、うわさばかりで肝心のお姿が拝見できないのでは、どうして恋に落ちることができましょうか――  うわさどおりの美人かどうか、とにかく早く逢ってみたいのですよと、かなり強引な誘いかけの歌だ。詠んだ男の自信たっぷりの笑みさえ浮かんできそうだ。  差出人の名は、薄様の端に短く『あきひら』。 「あきひら……? たしか、蔵人少将(くろうどのしょうしょう)さまよね」  蔵人とは、帝の秘書官のような役職である。  律令には記載されていないが、その分職務の幅は広く、帝と他の重職にある貴族たちとの仲介、折衝から、帝の文書の代筆、私事全般の補佐にまで及んだ。  帝の手足となって働く重要な役職であり、若い貴族の中でも特に有能な者が選ばれることが多かった。若公達(わかきんだち)にとっては、これが宮中での出世の登竜門であった。
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