袖香る少将 一

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     秋草の 露にしおるるさまよりも        濡れにし袖を いかに見つらむ 「……つまんない歌」  淡い紫に染められた薄様(うすよう)を眺め、楓子(かえでこ)はつい、思ったままのことを口にした。  ――秋の草花が夜露を浴びて萎れてしまいましたが、私の袖はその草以上に、あなたを恋い慕う涙に濡れております。こんな私をあなたはどうご覧になりますか――  薄様は透けるように薄く漉き、さまざまの色に染めた、上品な紙だ。主に私的なやりとりに使われる。  優美な筆跡の手紙は、まだ露をたたえた桔梗に結びつけられて届けられたそうだ。歌の内容といい、片思いを伝える恋文としての体裁は整っている。  だが、それだけだ。 「夜露を涙に見立てるなんて、ありきたりだわ。涙で濡れた袖って表現も、もうちょっと工夫があっても良いんじゃないかしら」 「うるさいわね。あんたに届いた歌じゃないでしょ」  楓子の批評を、刺々しい声がさえぎった。  部屋の入り口をふさぐように、美しく着飾った姫君が立っている。
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