袖香る少将 二

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 良成の手を借りて、白い表地に紺青の裏地が淡く透ける上品な葉菊重(はぎくのかさね)の直衣に袖を通しながら、明衡は即座に否定した。 「こんな洒落た仕返しができる姫なら、今ごろはとっくに後宮にあがっているさ。なんと言っても、主上にはまだ男皇子がおられないんだから」  あおによしと詠われた奈良の都から遷都して百年余り。  平安京には有史以来初めて、日本独自の文化が花開こうとしていた。  だが内裏の中心となるべき帝は、数代にわたって幼帝や心身共に病がちな帝が続き、律令にさだめられた親政の形態を保つことが難しくなっていた。  かわって日本の政治中枢を占めるようになったのが藤原氏である。  彼らは自分の娘を次々に帝の後宮へ送り込み、次代の帝を産ませた。そしてその子を即位させると、帝の外祖父という立場で絶大な権力をふるったのだった。  が、先年、その内裏に異変が起こった。弱冠十九才の帝が突然の病で崩御し、その後を継いで至高の冠を戴いたのは、五十年以上出現しなかった壮年の帝だったのだ。
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