袖香る少将 二

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 齢三〇を越えて玉座に登った今上帝は先帝の従兄にあたる人物で、十年以上を「さかしまの東宮(帝より年上の皇太子)」として過ごした経験を持つ。  もとはといえば帝直系の男子が次々に夭逝したこと、そしてなにより藤原氏の内紛や駆け引きの結果によるものなのだが、心身共に健康で、長い東宮時代に培った政治的見識も持つ帝の即位は、これまで一天万乗の君を蚊帳の外に置いて政争を続けてきた貴族たちに少なからぬ動揺を与えていた。  明衡には、その今上帝に見込まれて一足飛びに蔵人少将にまで出世したという自負がある。 「後宮で妍を競うには、単に生まれが良くて顔が綺麗なだけじゃ、だめなのさ。あの女だらけの城で敵を作らず、なおかつ裏ではこっそり競争相手の足を引っ張る知恵と工夫がないとな。とある女御の妹姫が姉君の食事を毒見して、身替わりに毒殺されたなんてこともあるんだ。生半可な娘じゃとうてい生き残れない世界なんだ」  あの姫じゃ無理さ、と明衡は笑った。
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