袖香る少将 二

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「夏に権大納言が催した蛍見の宴にも招かれたんだが、ひどいもんだった。蛍を庭に放つのが早すぎたのか、みんな逃げちまってて、蛍火なんかちらほらと数える程度だった。なのにあの姫君ときたら『蛍ぞほむらのまさごなりける』なんて平気で詠んだんだぞ」 「えー……、蛍の光がずいぶんたくさん、浜の砂のようにまき散らされてますなぁと、そういう意味かと思いますが」 「そう。歌自体はなかなか個性的な見立てでおもしろいが、状況に合ってない。どこにそんな沢山の蛍がいるんだって話だよ」  つまり権大納言家の姫は、状況が変化したことにも対応できず、あらかじめ別人が代作しておいた和歌をそのまま読み上げたということだ。しかも大勢の招待客の前で。  それは同時に、歌を作った当人がその宴席には出席できなかったことも意味する。代作者が女房として姫のそばに控えていたのなら、すぐに別の歌を用意できただろう。  代作者はおそらく中級以下の女房で、高貴な客人の集まる宴席には近寄れなかったのだ。
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